産経市民の社会福祉賞

過去の受賞者リスト

個人受賞者のお名前、年齢や業績紹介欄の年数などは、すべて受賞式の実施された時期のものです。

表彰年 府県都市名 受賞者氏名·団体名 業績
第2回
昭和51年

兵庫

西宮カウンセリング研究会
(代表=内藤 あぐる)

 構成メンバーは家庭の主婦が中心で、最初の1年間、専門家から基礎教育を受けて勉強したのち、実際の活動に入つている。活動内容は、老人福祉施設3か所で毎月1回、一般市民を対象に市内5か所の公民館で毎適4回(月・火・水・木)の相談会を行い、悩み事の相談に応じている。

第2回
昭和51年

京都

点訳奉仕9年間
八田 嘉和さん(52)

 昭和36年に交通事故のため、身体が極度に不自由となったが、目の不自由な友人から点字図書の不足を聞き、「せめて目の見える者が、目の不自由な人のために役立ちたい」と点訳奉仕を決心。昭和42年から点筆をふるい、9年間に164冊22630ページの点訳図書を完成した。

第2回
昭和51年

滋賀

あぜみちサークル
(代表=橋本 利貞)

 滋賀県草津市の立石電機の中につくられた企業内ボランテイアサークルで、9年間積極的活動をつづけてきた。児童福祉施設を申心に人形劇を見せたり、球技大会や運動会にこどもを招待するなど多彩な活動で、こどもたちの中にすっかりとけこんでいる。

第2回
昭和51年

滋賀

早川特選金属工場
(代表=山本 卯吉)

 昭和25年創立以来、目の不自由な人をはじめ、身体の不自由な人たちのために、雇用就労の促進とその具体化をはかってきた。全従業員70名中、実に41名が身体障害者と高い雇用率を誇り、障害者の自立更生のモデルエ場となっている。

第2回
昭和51年

奈良

高齢者施設で音楽ボランティア
榎並 啓子さん(26)

 大学院の学生とし勉強の傍ら、毎週水曜日には奈良の老人ホームに出かけ、楽器演奏を指導し、高齢者の機能回復や余暇活動の楽しみを支援してきた。活動歴は48年以来3年間だが、短期間の間に高齢の利用者たちの生活になくてはならない存在となっている。

第2回
昭和51年

和歌山

交通遺児の相談支援
桜井 益美さん(54)

 和歌山県交通遺児を励まず会の会長など多数の公益法人の役員を引き受け、巾広い活動を行っている。交通遺児の激励、慰問、その家族の就職あっせん、家庭相談などゆきとどいた援護活動のほか、児童、老人、身体障害者などに対しても神経の細かな支援の手をさしのべ、地域福祉推進につとめている。

第1回
昭和50年

大阪

大阪府肢体不自由児協会 婦人ボランティアグループ

昭和44年5月、同協会が重度肢体不自由児学級「つくし教室」を開設したとき、学習指導、生活指導の職員の不足に悩んでいることを知り、そのバックアップを目的に結成。寝たきりのこどもの洗面、衣服の着がえ、食事の世話、排便の世話から、学習用品の準備など多彩な活動を続けてきた。その結果、重度障害の子供たちが、自分で食事をしたり、排便できるようになるなどの成果をあげ、このグループの活動が原動力になって、次々に重度肢体不自由児学級が開設された。

第1回
昭和50年

大阪

点字ボランティア
清水 忠次さん (60)

昭和40年6月に児童図書「湖上の少女」をはじめて点訳して以来10年間にわたり、点筆を使って、149冊2万101ページもの図書を点訳した。清水さんは、昭和37年3月に病気のため、半身運動麻痺、知覚障害となり、身体障害手帳(1種2級)を受給。しかし、点訳奉仕活動を志して1年間点字を勉強、意欲的に取り組んできた。

第1回
昭和50年

和歌山

理容つくし会
(会長=峠 昇)

 自分たちの技術を役立てよう」と昭和37年12月、奉仕活動団体「和歌山理容つくし会」の結成を呼びかけ、乳幼児の理容奉仕を始めた。その後、肢体不自由児施設の子供たちの理容奉仕などにも活動を広げた。活動は毎月2回の定休日とし、13年間1回も休まず続け、会員数も発足当時の5倍近くに増えた。

第1回
昭和50年

奈良

手話サークル鹿の会
(会長=上村 喜市)

 昭和45年10月発足。会員は地元の会社員、学生、看護師ら。国地方選挙の立会演説会、各種大会会場での手話通訳のほか、養成講座を開催して、これまで120人の通訳者を送り出した。

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