産経市民の社会福祉賞

過去の受賞者リスト

個人受賞者のお名前、年齢や業績紹介欄の年数などは、すべて受賞式の実施された時期のものです。

表彰年 府県都市名 受賞者氏名·団体名 業績
第3回
昭和52年

和歌山

県立田辺高等学校
点訳部

 昭和32年に結成いらい20年間も点訳活動を続けてきた。その間、和歌山県下では唯一の高校の点訳サークル、全国でも普通高校のクラブ活動としてはユニークな存在だった。クラブ員は毎週点訳の基礎訓練を受けつつ点訳を行ない、在学中に3000頁を点訳した生徒もいる。また近畿地方の盲人施設を訪問、手紙の代筆や目の不自由な人たちの話し相手になるなどの活動も行っている。

第3回
昭和52年

兵庫

神戸海星女子学院
大学SSC
(代表=田島 まな)

 昭和38年に結成。以来!4年間、社会奉仕クラブとして活動をつづけてきた。クラブ員たちは毎週数人で、養護施設「少年の町」、知的障害者施設「上野丘学園」などの施設や独居老人宅などを訪問。施設のいろいろな行事に積極的に参加したり、話し相手となって支えてきた。

第3回
昭和52年

兵庫

児童をスキー場に招待
宮部 充雄さん(48)

 昭和38年から14年間、毎年神戸市立若葉学園のこどもを神鍋スキー場に招待し、自分の経営するロッジや施設を提供し、スキー技術の指導を行なつてきた。この行事は、こどもたちに明るく楽しい思い出として残り、心を豊かな成長を促した。

第3回
昭和52年

兵庫

火曜会
(代表=山内 恵子)

 昭和47年、西宮市教育委員会主催の婦人ボランテイア講座「高齢者奉仕コース」を受講した主婦たちが、実践活動を通してさらに深くボランテイア精神を学ほうという趣旨で結成。同市内の老人福祉施設を毎週火曜日に訪れて奉仕活動を行なっている。行事への参加、シーツ、枕カバーとなどの洗濯、フトン、毛布の乾燥、おしめなどの縫物と、キメ細かな活動をしている。

第3回
昭和52年

滋賀

大理クラブ
(代表=田中 薫)

 昭和38年、重症心身障害児施設「ぴわこ学園」(現在は第1ぴわこ学園〕が開設されてから14年間、毎月1回、理容奉仕をつづけてきた。重症児が多いため理容の作業も困難をともなったが、クラブ員にとってはむしろ、それがボランティア意欲を高めることになり、長期にわたる活動につながったという。

第3回
昭和52年

滋賀

施設ボランティア16年
相馬 初栄さん(69)

 昭和36年、知的障害者施設「一麦寮」ができた当初から現在まで16年間にわたって、毎月1回訪問し、寮生のつくろいものの奉仕をつづけてきた。ボランティア活動の輪を広げる努力も怠らず、数年前からは近所の人たちも加わるなど、地域ぐるみの活動となっている。

第2回
昭和51年

大阪

大河 萬子次(ますじ)さん(53)

 趣味の奇術を福祉活動に役立てようと、29年もの間、「爆笑斎明朗」と名乗って児童施設、老人施設など多くの社会福祉施設を巡回し、演芸慰間奉仕をつづけてきた。その数は1400回を超え、子供たちからは「爆笑斎のおっちやん」と親しまれている。

第2回
昭和51年

大阪

川上理美容
奉仕グループ
(代表=川上 辰郎)

 昭和28年に結成。以来23年間、毎月1回必ず児童福祉施設を中心に理髪・美容の泰仕活動をつづけてきた。その間奉仕の範囲も老人ホームにまでひろげてきたほか、理美容技術の訓練や若い理美容師のボランテイア活動やレクリェーション活動の指導も行ってすそ野を広げている。

第2回
昭和51年

大阪

永井 常吉さん(48)

 自身、目が不自由で、マツサージ業に携わっているが、点字書籍の少ないのを切実に感じ、自ら制作を決意。点訳や(点字図書を読みながら、それを点字で複製する点写奉仕を続け、昭和38年以来13年間で264冊にのぼり、点字図書館に寄贈している。

第2回
昭和51年

兵庫

里親歴11年
浦野 徳蔵・千歳夫妻

 10人の実子を育てた経験を社会福祉に役立てたいと里親としての活動をはじめた。3歳と8歳の女児を里子として預かり11年9か月の間に、1人は高校生として、もう1人は社会人として送り出した。2人とも浦野さん宅から通学、通勤し家族の一員として家庭に溶け込んでいる。

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