産経市民の社会福祉賞

過去の受賞者リスト

個人受賞者のお名前、年齢や業績紹介欄の年数などは、すべて受賞式の実施された時期のものです。

表彰年 府県都市名 受賞者氏名·団体名 業績
第4回
昭和53年

京都

視覚障害者用の時計作り
伊東 政美さん(59)

 身体障害者手帳3級のハンディを克服して時計店を経営。昭和42年以来毎年、視角障害者用の時計を5個づつ舞鶴市に寄贈している。同市ではこの時計を計画的に目の不自由な人に配布して喜ばれている。昭和40年ごろ、目の不自由な人用の特殊な文字盤時計の作成を依頼されたことから、視覚障害者が時刻を知るのに不自由していることを知り、寄贈を思いついた。

第4回
昭和53年

京都

(株)かじの
(代表取締役=揖野 康代)

 昭和35年から18年にわたって、京都市内の全老人ホーム14施設のお年寄り1300人に、正月の気分を味わってもらおうとおせち料理」をプレゼントしてきた。社長の揖野康代さんをはしめ社員一同が施設の老人に対する理解と善意によるもので、ともすれば孤独感に落ちいりやすい施設老人たちの生きる支えとなっている。

第4回
昭和53年

京都

手話学習会みみずく
(代表=熊谷 晴夫)

 昭和38年に手話の学習会に参加した人たちが結成。いらい15年間、手話によるコミュニケーション支援を展開してきた。活動内容は、手話通訳団の結成、京都府下衛星都市などに手話通訳者を配置のための人材推せん、京都市手話通訳者認定制度の推進や、選挙立会演説会、医療機関、学校などでの通訳など多彩な分野にわたる。

第4回
昭和53年

滋賀

公共施設の造園奉仕
中根 源吉さん(78)

 大正2年から石工業、昭和35年から造園業も併せ営業。昭和30年ごろから地域青少年の健全育成、指導を思いたち、非行防止の見地から、こどもたちを弟子として訓練し、更生させてきた。また毎年、社会福祉のために町へ多額の寄付をする一方、昭和44年からは学校をはじめ、公共施設の造園を無償で奉仕するなど20年にわたって地域福祉のために情熱を傾けてきた。

第4回
昭和53年

和歌山

声のライブラリー
山本 和子さん(46)

 主婦中心のボランテイアグループ「和歌山グループ 声」のリーダーとして活動。声のライブラリーとして吹き込んだテープは約50種類、時間にして約500時間分にのほり、作品は県立盲学校、県身体障害者福祉センター、和歌山市杜会福祉会館などに寄贈され、多くの人たちに利用されている。きっかけは、山本さんが家庭で親子朗読会を開き、その作品を目の不自由な人たちに聞いてもらったのがはじまり。

第3回
昭和52年

大阪

点訳奉仕活動
山本 ふみ江さん(67)

 昭和25年に大阪市立盲学校教師となり、退職したいまもなお27年の間、点訳奉仕活動をつづけてきた。点訳図書の必要性と、その数が非常に少ないことを知って、点訳することに意欲を燃やした。また、点訳書の必要をアピールし、高校や大学や地域のボランティアグループを訪問して点訳指導を精力的に行なった。点訳した図書は「ヨーロツパ車椅子1人旅」など数百点にのぼる。

第3回
昭和52年

大阪

大阪司厨士協会
(理事長=佐藤 孫次郎)

 昭和39年から13年間、高齢者や児童福祉施設へ昼食の無料提供をつづけてきた。毎年数か所の施設に調理材料を持ちこみ、協会会員が調理している。これまでボランティアで訪れた施設は今春までに、老人施設38か所、児童施設10か所の合計48か所に及ぶ。

第3回
昭和52年

大阪

理容奉仕12年
植木 仁次郎さん(72)

 昭和34年から18年間、毎月1回、大阪市福島区から和泉市の大阪市立信太山老人ホームに出かけ、利用者たちへの理容奉仕をつづけてきた。同ホームは家庭的・経済的に恵まれない利用者が多く、また高齢者、病弱者も多いので、植木さんの奉仕がはじまるまで、理髪は同ホームーの大きな問題となつていた。また、理容奉仕だけでなく、話し相手ともなり、心の友として敬慕されている。

第3回
昭和52年

大阪

すみれ会
(代表=伊藤 優)

 昭和40年に結成。いらい12年間、毎月1回会員が交代で東大阪養護老人ホームを訪れ、利用者の美容奉仕をつづけてきた。同ホームは近鉄・瓢箪山駅から4キロの郊外にあり、利用者たちは美容院へ行くのに大変困つていた。同会の美容奉仕した高齢者たちは3000人以上にのぼり、大変喜ぱれている。

第3回
昭和52年

大阪

里親13年
糸山 勝晃さん(53)

 昭和39年、里親となつてから13年間に10人のこどもたちを養育し、それぞれの家庭に復帰させるなど非常な成果を挙げた。いまも2人のこどもを預つて養育している。さらに里親としてのあり方、養育技術の向上にも努めている。

ページトップにもどる