産経市民の社会福祉賞

過去の受賞者リスト

個人受賞者のお名前、年齢や業績紹介欄の年数などは、すべて受賞式の実施された時期のものです。

表彰年 府県都市名 受賞者氏名·団体名 業績
第6回
昭和55年

滋賀

高齢者施設で美容奉仕
小林 春子さん(58)

 14年間毎月1回老人ホームを訪問、整髪、セットの奉仕をしてきた。戦時中から戦後にかけて幾多の苦難をのりこえ、苦労のすえ美容師の技術を修得、昭和32年に念願の美容院を開業。「今日あるのは社会のおかげ」という感謝の気持で、奉仕活動をつづけてきた。

第6回
昭和55年

奈良

障害者支援
辻本 利雄さん(52)

 身体障害老(肢体不自由、視覚障害(1種1級)を乗り越え昭和26年、指圧業を開業。その後も村の身障者たちの自立更生に援助と指導的役割を果たしてきた。また楽でない生活の中から進んで村の善意銀行に金銭信託を行うなど地域福祉の向上にも尽した。

第6回
昭和55年

和歌山

「谷崎源氏」を点訳
保富 信子さん(32)

 高校点訳部で基磯技術を修得。結婚後も歯科医院を経営する夫をたすけながら17年間にわたって点訳奉仕をつづけた。昭和44年からは谷崎潤一郎著「新訳・源氏物語」の点訳をはじめ、現在で21巻4777頁に達した。

第5回
昭和54年

大阪

中富 克己さん(59)

 「恵まれない子供に家庭を与えたい」と念願、昭和36年に里親登録していらい5人の子供たちを引き取って養育。ひとりは嫁ぎ、ひとりは就職した。他の3人は元気になって実家にもどっている。里親研修にも熱心で、昭和48年に大阪市里親会副会長に就任、会の組織拡充にも貢献してきた。

第5回
昭和54年

大阪

理道会
(代表=仁平 日出夫)

 昭和23年、大阪市城東区、生野区の理容師の融資が集まって発足。定休日の月曜日を利用して会員たちが、東大阪市の養護老人ホームや児童養護施設などへ訪問。理容奉仕はもちろん、入所者のよき話し福手になり、お年よりたちと余暇を一緒に過ごして大いに喜ばれている。

第5回
昭和54年

大阪

障害児に医療支援
矢野 嘉彦さん(32)

 昭和42年、歯科大学2年の時にボランテイア集団に参加、卒業まで知的障害者施設でボランティア活動をつづけた。その後もOB会会長として後進の指導に協力。さらに歯科医として知的障害に対する知識と理解を生かし、歯科治療に献身している。

第5回
昭和54年

大阪

施設児童の就労支援
川嶋 猛夫さん(63)

 昭和46年から大阪市立弘済院児童ホームの入所者2人を引き取り、立派に更生させた。ひとりは女子工員として住み込んだ先の集団生活になじめず、川嶋さんの精肉店に再就職。温かい指導で安定した生活を送れるようになった。もうひとりは、素行上の問題から美容院を退職。川嶋さん方に就職してから適切な指導で、精神的にも成長し、杜会人として活動している。

第5回
昭和54年

兵庫

高齢者の余暇支援
山崎 昭子さん(52)

 昭和47年、老人ホームを訪問した際、ほとんどの人が手もちぶさたである実情を見て、気軽に参加できる民踊の指導を思いたった。会長をしていた民踊グループ「わかば会」の魁夷たちと一緒に毎月2回定期的に兵庫県立養護老人ホーム「長寿の家」など多数の施設を訪問。民踊指導のほか、観桜会・盆踊大会・敬老の日・クリスマスなどにも参加して慰問をつづけた。

第5回
昭和54年

兵庫

学童支援活動16年
鳴本  翠さん(49)

 昭和38年6月の賀川記念館創立いらいポランテイア活動をつづけ、学童保育を担当。その後、小学校児童を対象に毛筆習字の指導にあたっている。また賀川記念館関係の人たちで構成しているポランテイアOBの会(約130人)のプログラム委員を引を受け現役とのパイプ役も果している。ボランテイア活動については、夫や子供たち家族全員が協力して取り組み、16年以上もつづけている。

第5回
昭和54年

京都

卒業する施設利用者を激励22年間
干 永善さん(78)

 昭和5年中国から来日、京都の中華料理店で修業したあと、京都市内で中華料理店を開いた。少年時代、自分の味わった苦労が忘れられず、昭和33年より22年間、京都市内の母子寮、養護施設、知的障害者施設に入所する中・高校生で、卒業予定の60人を招待し、「祝福と激励の会」を開いてきた。この恒例行事は、巣立っていく福祉施設の子供たちに大きな喜びと励ましになっている。

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